「父の日」キャンペーンのご案内と、施設の母に会いに行く時の話

1.「父の日キャンペーン、残り6日
2.家族の記憶をめぐる時間
3.祖父母から始まる、わが家の歴史
4.時々訪れる、“奇跡”のような瞬間
5.認知症の母が、昔の写真に反応する理由
6.生まれる前からの物語に、今の私は支えられている
7.思い出を、途絶えさせたくない
8.データ化だけでは、残らないものがある
9.残すことは、過去への敬意
10.写真整理を迷っている方へ

「父の日キャンペーン、残り6日
父の日キャンペーン終了まで、あと6日。
お父さんが若かった頃の写真、最後に見たのはいつですか?
結婚式の日。
子どもを抱っこしている日。
家族旅行の日。
アルバムの中には、今は見られなくなった家族の表情がたくさん残っています。『おくってフォトブック』は、そんな大切な写真を見返せるカタチに残すお手伝いをしています。
6月29日まで、お客様から当社への送料は無料
「そのうち整理しよう」そう思っていた方にこそ、この機会を使っていただきたいと思います。
「父の日」ありがとうキャンペーンページはこちら!>

家族の記憶をめぐる時間

高齢のため施設に入居している母のもとへ向かう時、私は必ずフォトブックを持っていきます。
今では、それが当たり前になりました。
親族や家族の歴史を、テーマごとに6冊のフォトブックにまとめています

祖父母から始まる、わが家の歴史
①祖父母の写真~両親の幼少期、そして二人が出会った頃
②私が生まれて、弟が生まれた頃
③小学校入学からの家族の歩み
④③の続きの家族の歩み
⑤父の交友録
⑥母の友人たちとの記録
認知症を患う母に特に効果があるのは、①と②です。
施設へ行くたび、私はそのフォトブックを母の前で開きます。
母は毎回、まるで初めて見るかのように丁寧にページをめくります。
「これは誰だっけ?」
「覚えてないなあ」
「分からんわ……」そんな言葉が続きます。

時々訪れる、“奇跡”のような瞬間

けれど、時々、本当に時々ですが、不思議な瞬間が訪れます。
「あれ……これ、井上のおばあさん?」
突然、母の口から昔の人の名前が出てくるのです。
その瞬間、私は胸を掴まれたような気持ちになります。
ついさっきまで、ぼんやりしていた母の目に、一瞬だけ昔の光が戻る。
まるで、以前の母が、ふっと目の前に舞い降りてきたような感覚です。
「ああ、まだ大丈夫かもしれない」
写真には、そんなふうに思わせてくれる不思議な力があります。
もちろん、毎回“奇跡”が起きるわけではありません。
何度見せても、ほとんど反応がない日もあります。
同じ質問を繰り返す日もあります。
でも最近の私は、その時間そのものを楽しめるようになってきました。
今日は思い出してくれるだろうか。
今日は何か反応があるだろうか。
やっぱり難しいかもしれない。
でも、次はあるかもしれない。
その繰り返しです。
だから私は、母に会いに行く時、フォトブックを手放せなくなりました。
もしかすると、フォトブックに救われているのは、母ではなく、私の方なのかもしれません

認知症の母が、昔の写真に反応する理由
認知症になると、「今」が少しずつ曖昧になっていきます。
昨日のことを忘れる。
さっき話したことを忘れる。
時には、家族の顔すら分からなくなる。
けれど不思議なことに、“もっと昔の記憶”は、どこかに残っていることがありす。
幼い頃に住んでいた家。
若い頃に仲良くしていた友人。
結婚した頃の景色。
子どもを抱いていた時の感覚。
そういう深い場所にある記憶は、完全には消えていないのだと思います。
そして、その扉をノックできるものの一つが、写真なのではないでしょうか
写真は、単なる記録ではありません。
その時代の空気や、家族の温度まで閉じ込めています。
例えば、祖父の少し照れた笑顔。
母がまだ少女だった頃の髪型。
父が若い頃に乗っていた車。
何気ない台所周りの風景。
記憶を呼び覚ます細かな面影やヒントが、一枚の写真の中には残っています。

生まれる前からの物語に、今の私は支えられている
フォトブックを見ながら母と話していると、私は時々、不思議な感覚になります。
自分が生まれる前にも、確かに物語があったのだ、と。
今の私は、自分一人だけで存在しているわけではありません。
祖父母がいて、両親がいて、その時代を一生懸命生きてくれたから、今の私がいます。
母にも、若い頃がありました。
友人と笑い合い、家族を作り、必死で子育てをしていた時代がありました。
当たり前のことですが、介護をしていると、その当たり前を忘れそうになる時があります。
目の前の“今”だけを見ると、どうしても苦しくなります。
でも、フォトブックを開くと、「母にも輝いている人生があった」という事実を思い出させてくれます。
そして同時に、自分自身も支えられていることに気づきます。
生まれる前から続いてきた家族の物語に、今の自分は支えられている…。

思い出を、途絶えさせたくない
「写真整理をしたいけれど、なかなか手をつけられない」という声をよく耳にします。
アルバムが多すぎる。
時間がない。
何からはじめればいいか分からない。
本当に、その通りだと思います。
押し入れの奥に眠る重たいアルバム。
バラバラなまま押し込められた写真箱。
スマホやパソコンの中に散らばったデータ。
整理しようと思うだけで、気持ちが遠のいてしまう。
でも私は、母との時間を通して思うようになりました。
写真は、「いつか整理しよう」ではなく、「今、残しておくべきもの」なのだと。
人の記憶は、永遠ではありません。
家族でさえ、いつか思い出せなくなる日が来ます。
だからこそ、“見返せるカタチ”にしておくことには、とても意味があります。

データ化だけでは、残らないものがある
スマホの中に何千枚写真があっても、人は意外と見返しません。
「あとで整理しよう」と思ったまま、気づけば数年経っている。
そんなことも珍しくありません。
けれど、一冊のフォトブックになると違います。
テーブルに置いて、自然に開ける。
家族で一緒に見られる。
会話が生まれる。
そこには、「時間を共有する力」があります。
私は母とフォトブックを見ながら、何度も同じ話をしています。
でも、不思議と飽きません。
むしろ、その繰り返しが愛おしく感じます。
思い出は、思い出した瞬間だけ存在するのではなく、「誰かと共有した時」に、より一層鮮明によみがえるのだと思います。

残すことは、過去への敬意
思い出を途絶えさせたくありません。
祖父母のことを、子どもたちにも知ってほしい。
父や母がどんな青春時代を過ごしたのか、残しておきたい。
家族がどんなふうに笑い、支え合ってきたのか、未来へつなぎたい。
それは単なる懐古ではなく、“家族の歴史を受け渡すこと”なのだと思います。大量のアルバムや写真は、時に「片付けなければいけない物」に見えてしまいます。
けれど本当は、その一枚一枚が、誰かの人生そのものです。
だから私は、整理とは「捨てること」ではなく、「未来へ残すために整えること」だと思っています。
残すことは、過去への敬意です。
家族が生きてきた時間に対する、静かな感謝なのだと思います。

写真整理を迷っている方へ
もし今、写真整理を迷っているなら、どうか少しだけでもはじめてみてください
完璧に整理しなくてもいい。
全部を一気にやらなくてもいい。
まずは、一冊。
まずは、家族の歴史を見返してみる。
その時間は、きっと未来の自分を支えてくれると思います。
そしていつか、誰かの記憶をそっと呼び戻してくれる日が来るかもしれません。
写真整理の相談は、いつでもお気軽に『おくってフォトブック』ヘどうぞ。

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