古いアルバムや大量のプリント写真の整理が完了すると、なぜ、ホッとするのでしょうか。「お客様の声」を詳しく分析する中で、ホッとする原因が見えてきました

目次
1.写真整理の向こう側にあるもの
2.写真整理、まだ誰も答えを持っていません
3.お客様が整理したかったのは、写真ではなく責任でした
4.私たちと正解を一緒に探しましょう
5.ホッとするのは、人生の節目がひとつ終わるから
写真整理の向こう側にあるもの
私たちのもとには、「肩の荷が下りました」、「やっと整理できました」、「ホッとしました」というお声が数多く届きます。
不思議なことに、皆さまが喜ばれているのは、アルバムがコンパクトにまとまったことだけではありません。
実家じまい。
終活。
親の介護。
施設への入居。
子どもの独立。
人生の節目で、多くの方が写真整理と向き合います。
そして整理が終わった時、多くの方が同じように「ホッとしました」とおっしゃいます。
なぜなのでしょうか。
これまでに届いた「お客様の声」を読み返しているうちに、私たちはその理由が少し分かったような気がします。
写真整理、まだ誰も答えを持っていません
写真が一般家庭に広く普及し始めたのは、今から約60年前のことです。
それ以前にも写真はありましたが、家族の日常や子どもの成長を大量に記録できるようになったのは高度経済成長期以降でした。
そして今、その時代に撮られた膨大な写真が、日本中の家庭に残されています。
しかし、その写真をどうすれば良いのか。
実は誰も教えてくれません。
相続には専門家がいます。
葬儀には慣習があります。
けれど、アルバムやプリント写真をどう残すべきかという答えは、まだ社会の中に確立されていません。
捨てるべきなのか。
残すべきなのか。
データ化するべきなのか。
子どもに託すべきなのか。
正解は人それぞれです。
私たちは今、人類が初めて経験する「家族写真との向き合い方」という課題の真っただ中にいるのかもしれません。
だからこそ、多くの方が何年も悩み続けるのです。
お客様が整理したかったのは、写真ではなく責任でした
「お客様の声」を読んでいて気づいたことがあります。
それは、多くの方が写真そのものではなく、写真にまつわる責任と向き合っているということです。
ご依頼者様には長男・長女の方が多くおられます。
「私がやらなければ」、「親に申し訳ない」、「子どもに残したい」、そんな想いを抱えている方が少なくありません。
大量のアルバムを前にしている時、人は単に片付けを考えているのではありません。
家族の歴史をどう受け継ぐかを考えています。
だから完成したフォトブックを手にした時、「肩の荷が下りました」、「責任を果たせた気がします」という言葉になるのだと思います。
写真が減ったからではありません。
長年心の中にあった宿題を、終えることができたからなのです。
私たちと正解を一緒に探しましょう
誤解しないでいただきたいのは、私たちも写真整理の正解を持っているわけではないということです。
写真整理に唯一の正解はありません。
大量のアルバムをそのまま残す選択もあります。
データ化する選択もあります。
家族に分けて渡す選択もあります。
どれも間違いではありません。
だから私たちは、お客様に正解を押し付けるのではなく、一緒に考えることを大切にしています。
電話でお話を伺うのもそのためです。
一冊一冊の内容が違うのもそのためです。
写真の向こうには、その人だけの人生があります。
だからマニュアルだけでは整理できません。
私たちは写真を預かるのではなく、その方の想いを預かっているつもりで向き合っています。
ホッとするのは、人生の節目がひとつ終わるから
写真整理は、家の片付けではありません。
人生の整理でもあります。
親との思い出。
子どもの成長記録。
夫婦の歩み。
家族の歴史。
それらと向き合う時間です。
だから整理が終わった時、人は達成感だけではなく安心感を覚えるのかもしれません。
私たちは完成したフォトブックをお届けした後、「ありがとう」、「お願いして良かった」、「これで子どもに残せます」という言葉をいただくことがあります。
それは写真整理が終わったという報告ではなく、人生の節目がひとつ区切られたという報告なのだと思います。
もし今、ご自宅に気になっているアルバムがあるなら。急いで結論を出す必要はありません。
ただ一度、その写真たちと向き合ってみてください。
そして、もし一人では難しいと感じた時は、私たちがお手伝いします。
写真整理の正解を押し付けるためではなく、一緒に考え、一緒にまとめるために。

